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熟論2【5】現行憲法下で工夫できること

別所:それでは、現行の憲法下でより良い国会の審議、運営を実現するにはどのようにしたらいいのかということをお話しいただきたいというふうに思います。

論点の図ページ15

こちらに主な論点をちょっと用意させていただいたのですけれども、すでに党議拘束とか同意人事の件っていうのは出ているのですけれども、2つの院があってそれぞれの院が適切に働いていくとすると、ここに掲げられているようなことを考えていかなければならないのかなというふうに思っているのですけど。
まず最初に党議拘束というのがあって、基本的に衆議院と参議院で党内で決められたことは同じように行動しようというふうになってしまっている部分についていうと、さきほどカーボンコピーという話をさせていただいたのですけれども、実質的な審議が行われるのかどうかといったところも含めて課題なのかと思うのですけれども。党議拘束の問題について、中川先生はどのようにお考えですか。

中川:衆議院も参議院も選挙の時は何々党公認という形で戦うわけですね。
特に比例区の場合には、衆議院の場合には党名を書いて当選者が決まりますし、参議院の比例区の方も党名を書いてもいいし個人名を書いてもいいのですが、全体を1つの政党の得票ということで割り振っていくということで、選挙の際には日本の選挙制度が非常に政党と密接な関わりをもってきているわけです。
有権者も個々人の政策とか人柄とかなかなかわからないけれども、この人がどこどこ党の公認だからということで入れるということもありますので、基本的に党議拘束を外して自由に投票していいということになりますと、やはり有権者にとって非常にわかりにくいことになると思います。
ですから、党議拘束っていうのは基本的にはあってしかるべきだと。
政党としての意思を決定して、その間はいろんな議論があるけれども、政党として1つの結論を出したらそれに従う。
あるいは政党のいろんな公約、選挙の時のそれに従って出てきた法案なり、政策については従うと。
こういうのが基本であるべきだと思います。
しかし、特にねじれ国会のもとで決められない政治というようなことがいわれるわけですけれども、たとえば改革の案としては両院協議会を開いてもまとまらないというような場合に、一定の場合には党議拘束を外す。
特に参議院は、多少政党色を薄めて外してもいいじゃないかという意見も結構出ているんですね。
それから、アメリカの場合には、共和党、民主党といいましても、党議拘束は極めて薄いのですね。
ですから大統領と上院下院がねじれる、あるいは上院と下院の間でねじれる。
大統領を選出している政党が常に上院下院で多数を占めているわけではないし、上院下院の間でもねじれているわけですけれども、そういうことは間々起こるわけですけれども。やはり大統領はこういう決定をしたいときには個々に上院の議員、下院の議員を説得していくという形で成立をさせる、議会を通すということがあるわけなので、アメリカのような例をみれば、日本の党議拘束が非常にきついのでもう少し一定の場合には緩めるということもあってもいいのではないかという気がいたします。

別所:水野さん、いかがでしょうか。

水野:党議拘束がかかること自体は、ある意味では当然のこと。
というのは、今、中川さんもおっしゃったように選挙の時は何々党公認ということで、有権者の現実の判断材料というのは、候補者を知っていて入れるという人もいるでしょうけど、かなり多くの人は何々党だからといって入れる人の方が相当多いのが実態ですし、特に比例代表は典型的にそうですよね。
そういうなかで、選挙の時はこの党の主張をしていて、選挙が終わったら、投票の時になったら、全然違う投票行動をするなんてことが、何でもかんでも許されたら、それは有権者に対する裏切りですから、基本的には党議拘束がかかるというのは当然だと思います。
ただ実際には、前の民主党政権が典型なのでしょうけど、選挙の時に党そのものが言っていたマニフェストとその後に政権とった時にやっていることがかなり違うと、こういうことがあるから話がややこしくなっちゃうんです。
そうすると、たとえば消費税導入なんていうのは、選挙の時のマニフェストのどこに書いてあったんだと。
自分たちの方が党の本流の本当の主張に忠実なんだという人たちが、党執行部こそおかしいとかという声が出てくるから、ああいう例をつくられちゃうと話がややこしくなっちゃうけど、原則としてはやっぱり党の方針に、党の中で内部で議論するのはいいけれど、まとまったことには従うというのが常識で考えて当然だと思います。
ただ、ものには例外があるわけで、選挙の大きい争点になっていない個人の倫理観とか宗教観とかいろんなものに影響するような脳死だとかですね、脳死を人の死と認めるか認めないかだとかは、こういうものは現実に各党とも党議拘束を外して国会での投票などをやりましたから、こういうことはそれをより拡大するとかというのはテーマによっては十分ありえるだろうなと思いますね。

別所:ちょっとそこの詳しいことをおうかがいしたいのですけれども、だいたい1年間に国会を通過して成立する法律というのは、少ない時で100ぐらいで多い時は130ぐらいあるというように思っています。
主要な論点になっているような選挙の争点になっているようなものについていうと、国民の方もそれを支持している政党に投票しているわけなので、党議拘束っていうのはもしかするとありうるのかもしれないというふうに思っていますし、今、水野さんがおっしゃったように、脳死のようなものも世の中で非常に着目されていて、個人の倫理観とかに従ってきちんと選択すべきだということなのかもしれませんけれども、おそらく130ぐらいある法律のうちの大半は実は国民はあまりよく知らない。
行政に関する法律とか、いろんなものが多いと思うんですけど、そういう細かいものにまで一つひとつ原則的には党議拘束っていうのはかかっているのでしょうか。

中川:それはかかっています。
全部採決の前に意思を確認しますね。
これは賛成してください、反対してくださいということで、意思を統一します。
もちろん、それまでに自民党の場合ですと、1つの法案に対する対応を決める場合、政府提案ということであればこれは与党がつくった政府ですから、政府のなかで議論する過程で与党の意見ももちろん反映するわけですけれども、たとえば自民党が野党だったときには、民主党政府の提案について賛成するかどうかっていうのは、まず部会というのがありますのでそこで議論して、その後、政務調査会にかけて、最後は総務会でこの法案に賛成するかどうかをみんなで議論しながら最後は決める。
最終的には採決日の前にもう一度議員に総務会の決定を知らせて党議拘束を確認するという、そういう手順を踏んでいます。

別所:なるほど。
今、自民党、自由民主党さんの中の手続きを解説していただいたのですけれども、各部会があって、その部会でいろんな議論されたものが政務調査会を通って、最後に総務会を通過していくというようなところのプロセスで議論されていくというお話だった。
そこの議論は実はただ国会外の議論で、国会の中での他党間との議論とはちょっと違うんだというように思っているのですけれども、他党間の議論を踏まえて意思決定が変わっていくプロセスというのはどのようになっているのでしょうか。

中川:それは国会の審議を通じてということですか?

別所:はい。

中川:そこは実際には国会という表舞台に出た後にですね、これはたとえば政府の提案として、もちろん与党が審査をして政府与党として出した法案を途中でひっこめるとかですね、あるいは民主党政府の時に自民党がこれは反対だと決めたものをよく審議していったら賛成してもいいじゃないかというような形で変わるということは、私は記憶にはないですね。
やっぱり、そこはいったん委員会に提出される時点では各党みな同じだと思うのですが、だいたいその前に基本的には賛成か反対か決めて審議に臨むわけです。
もちろん、さっきから申しあげているような参議院のあり方として、そういう形で衆議院では党議拘束がかかっていますからなかなか変わらない。
これは、もうほかの党でも変わらないわけですね。
その審議の過程でやっぱり問題があるねということになると、今度は参議院にきた時にいったんこの法案は審議未了、廃案にして、もう一度、次の国会に出し直そうという形で参議院としての再考の府、熟議の府としての役割が果たせる。
そういうことだと思うんですね。

別所:党議拘束がかかってしまっていると、本当に再考の府としての役割が果たせるかどうかというところが1つの課題かなというふうに思っているのですけれども、もう1つは、やはり党議拘束で拘束されてしまっていると、他党間の協議で他党を説得する、国会って議論の場ですので、基本的にはそういう議論を通じて少数派が多数派を説得していくことができる場でもあるべきだと思うのですけれども、そこの役割のところを、もし衆議院の党議拘束が非常にきついとしたら、今の参議院の役割としてそこはかなり期待できるというふうに水野さんはお考えですか。

水野:基本的なところで党議拘束っていうのは、やっぱり根底的なところで必要だと思いますけども、国会の運営のなかでいろんなことというのは今までも現実にあるわけですね。
たとえば、政府が出した法案を野党がかなり強く反対をした。
反対をしたときには、たとえば野党は対案を出したりしますよね。
そうすると、野党は少数派ですから野党の対案がそのまま成立するっていうことはなかなかないけれども、両方撤回をして、そして新しく、国会用語でいう「委員長提案」という形で、つまり両方が納得する形になったようなもので成立をするとかですね。
そういう例は今までにも結構ありますし、中川先生も私もその時もお互い環境委員会なんかに属していたと思いますけれども、たとえば原子力規制委員会の設置法なんかはそんな形でしたよね。
政府、あれは民主党政権でしたけれども、政府案が提出をされた。
自民公明はそれに対する対案を提出した。
協議したなかで両方折り合ったんですよ。
折り合って両方撤回して、委員長提案という国会でいうどこの党もあまり反対しないような委員長提案というので出される提案があって、わが党は反対したのですけれどもそういうようなやり方もありますから、これは国会の運営のなかの工夫でいろいろあり得るんだと思います。

中川:それは、ねじれていたからそういうことが可能だったんですね。
民主党政権がこういう法案を出そう。
自民党は反対だ、こういう対案があるよと。
その民主党政府の出そうとした法案をそのまま貫いても参議院は通らない。
わかっているわけですから。
それじゃ、事前に協議をして、まさに今の原子力規制委員会の法案は喫緊を要する法案ですから、お互い歩み寄って、まさに委員長提案という形で議員立法で成立をさせる。
それは第二院がねじれていたからですね。
そういう結果になったと。

別所:今、いみじくもねじれていたからとおっしゃったんですけど、仮にねじれがなかったらそれはできなかったとお考えですか。

中川:ねじれがなかったら、おそらく民主党政権の出す法案が衆議院で通って、参議院でも通った可能性がありますよね。
もちろん衆参のこのねじれはなくても、議席の差とかね。
そういうことによるでしょうけど、仮に衆議院も参議院も与党がかなりの圧倒的な多数を占めていればですね、結局その時の政府が仮に強引に進めようとすれば、結果として通っちゃうんですね。
さっきから申しあげているように、同じ与党であっても参議院は選挙制度も違うし、当選してきた時期も違いますし、自分の出身母体も違う。
いろんな考え方の人が入っているから、仮に強引に進めてきても、いや、ちょっと待てよということで、いったん廃案にしてもういっぺん出直せと。
こういうやり方でチェックするということはもちろん可能なんですけども、民主党政権が仮にねじれていなかったらどうしたかっていうのは、考えてみると恐ろしい気もする。
そういう時もありますよね。

別所:その1つの方法として、先ほど中川さんがおっしゃったように、参議院については党議拘束をもう少し緩めて、個別の投票を認めていくっていうやり方もあるんじゃないかと思うのですけれども、そういう考え方を推し進めようとされている方はまだまだ少ないのですか。

中川:そこは結局、党の公認という形で選挙に出て当選をする以上は、先ほどから水野さんもおっしゃっていますが、有権者もその党を選んだっていう意味合いもありますから、なかなか参議院だけ党議拘束を外していくっていうのは非常に難しいと思うんです。
ただ、参議院の場合には戦後は緑風会といって無所属の議員が結構当選していたわけですよね。
政党色が薄いのが参議院だった。
そういう場合には、実質、党議拘束のない無所属議員がある程度の勢力を占めていましたので、まさに衆議院と参議院がまったく同じ行動をとっていく党議拘束で同じような行動をとるということはなかったと思います。
ですから、参議院の制度が、あるいは国民の意識が今、非常に政党を選ぶ。
特に、党首が選挙の時にはものすごく大きな意味を持つようになりましたので、そうなるとなかなか参議院だけは党議拘束を外すということは難しくなってくると思いますが。
国民の意識の変化とともに、参議院の選挙で無所属という形で政党に属さない人も当選できていく。
そういうふうに変われば、また違った状況になってくるんじゃないかと思いますね。

別所:水野さんはそこはどういうふうにお考えですか。

水野:基本的なところでは、党議拘束っていうのは比例代表とか政党を選ぶっていうのを一方で入れている以上、まったく党の方針と違うようなことをやるっていうのは、国民からみれば裏切りじゃないかって。
それを全部容認すればそういう話になっちゃうんで。
ただ、実際の政治のなかでは、党所属の議員でもいろいろ異論のある人とかは、異論というか、国会のなかで質疑などを通じて実はこの党なのにこんなこと言っているという人は結構いるんですよね。
だから、それはそういうなかで、国会のなかで発言を封じることはできませんから、お前は何党なのにこんなことを言っていいのか。
なんていうことは党内では問題になるかもしれませんが、その場で封じられることはありませんから、そういうなかで多様な角度から審議をしていけばいいんじゃないかというふうに思いますね。

Chapter5-2 国会の審議を充実させる方策

別所:先ほどちょっと論点に挙げさせていただいた党議拘束以外に、国会同意人事ですとか、両院協議会というのもあるのですけど、そういうようなものも、党の意思決定がされてしまうと動かせなくなるということになると、結局、国民からみると、国会は開かれた場で誰でもアクセスできるわけですけれど、党内手続きについていうと、開かれているわけではないので、見えないところで意思決定がされていってしまうというようなところもあって、政党を選んでいるからといってその政党の考えているすべてを多分みなさん選んでいるわけではなくて、主要な政策について選んでいるのだと思うのですけど、その細かいところにまでそこが決まってしまうということは、いかがお考えですか。

中川:党議拘束で決まるまでの過程っていうのは、自民党の場合にはかなりオープンですね。
で、たとえば、新聞でも今、常時報道されておりますけれども、今、自民党の税制調査会、私も幹事をさせていただいているのですが、連日のように報道されていますし、新聞記者も入っている会議はたくさんあるわけです。
それからまた、新聞記者、報道関係の方が同席していない会議でも必ず終わった後は会見をして状況を発表していますよね。
ですから、そうやって1つの意思決定をするまでの過程というのはかなり透明になっていると私は思います。
で、そこがブラックボックスになってしまうとですね、これは今おっしゃるような、国民のみなさんにとってこういう決定をした、それはなぜなのか、というところがみえなくなる。
これはたとえば、過去の自民党政権でない時には政府で税制調査会というのがあって、そこでいろんな議論をされてその議事録が後になって公開されるんですけど。
結局その議事録を読んで、どうしてこういう結論が出るのか、全然違う結論が出ていてそれが法案になってきているっていうケースもあって、そういう形になるとですね、やっぱりブラックボックスでわかりにくいのですけど、自民党はもう本当にオープンですね。
だから、そこは開かれているっていうふうに私は思っていますね。

論点の図ページ15※2回目

別所:やはり国民の目からみていると、党内の手続きと国会の手続きは、違うようにみえるのですけれども。
論点の4番目にこういうものを書かせていただいたのですけれども、十分な議論がなされるべきだというのは中川さんも水野さんもおっしゃっているところは共通だというふうに思っているのですけれども、そのために党議拘束とかそういうのがあるとしても、十分な議論を経たうえで意思決定をされていくということの担保をするために、今のたとえば審議の時間ですとか、国会議員の方々の数とかも影響しているのではないかなというふうに思っているのですけれども、そのへん、まず水野さんからどんなお考えなのか。
おうかがいできますか。

水野:今のフリップのなかにですね、たとえば国会議員の数、事務方の組織規模というのが4番目のところにありますけど、私たちはもっと国会議員の数は定数削減していいというふうに思っています。
具体的には衆議院は480を300に、参議院は242を100人にと言っていますが、そういうことのみならず事務方なんかもいろいろ考えうることというのはたくさんあると思うのですね。
さっきの一院制、二院制の話にも多少関係しますが、衆議院の職員というのはだいたい1,800人ぐらいいるんですよ。
法制局とか衆議院法制局とかを含めて。
参議院が1,300人ぐらい。
まあ大企業みたいなものですよね。
で、重複しているような仕事もたくさんあるのですよね。
今は速記養成所というのは両院とも廃止していますけど、昔は速記者は衆議院も独自に速記養成所を持っていて独自に採用をしている。
参議院も同じことをやっている。
それで、速記の書く符号は衆議院と参議院で微妙に違うとかですね、非常にわかりにくいことをやっていたのですけど、これはさすがに今はもう速記は普通の委員会には入ってこないで、本会議とかはいますけれども、新たな採用はしていませんから。
今はパソコンでやっていますからね。
そういうような工夫っていうのは、現状の制度のままでも工夫できることっていうのはたくさんあると思うのですよ。
私なんかは両院にある調査室とかそういうのもかなり重複していることもありますし、統合していけるようなことは、たくさん合理化できることは、あるんじゃないかなと思いますけれどね。

別所:今、コストの面では水野さんがいろいろおっしゃっていただいた通りかなというふうに思ったのですが、ちょっと聞いていて感じたところなんですけれども、確かに国会議員の数を減らすっていう話もありますし、事務を合理化するという話もあると思うんですけれども、基本的にやっぱり国民が期待しているのは国会議員の方一人ひとりに十分な調査活動を含めてやっていただいて、十分な時間の議論をしていただきたいということだというふうに思っております。
そういう意味でいうと、単純に数を減らすことで年間130ぐらい通過する法律の一つひとつの審議が十分にできるのか。
今も委員制を敷いていますので、委員会のなかでそれぞれ議論をしていて委員会の結論をもって本会議にかけて、党議拘束されていますのでそのまま通過していくってことなので、一部の先生方はそこに深く関与しますけど、そうじゃない方々は単純にボーティングというか投票に参加するというようなことになってしまっていて、それが本当に深い議論につながっていくのかっていうことが課題としてはあるのではないかなというふうに思っていて。
二院制もそのために議論を深める方法として、今の憲法が定めている方法だというふうに思っているのですけれども、やっぱり国会議員の数ですとかっていうのは、審議の深さをどうしていくのかっていうことと不可分には考えられないことではないというふうに思うんですけれども。
そのへんを踏まえて、今の国会の法案ごとの審議時間とか審議の体制っていうのはどういうふうにお考えですか、中川さん。

中川:まったくおっしゃる通りで、国会の審議を見ていますと、委員会制を敷いていますからそれぞれの委員会で専門的な議論はしていきますが、もちろんその委員会に属していない方は、基本的には本会議で投票をする。
党議拘束に従った投票をする。
そういうだけになっているという点は否定できないと思います。
それはもう、今おっしゃったように130にも上る法案を一人ひとりの議員が全部深く検討するってことはとうてい不可能なので、自民党でいえばそれぞれの議員がみんな部会に出て、自分の所属する部会なり関心のある部会に行って、それで政府側の説明を聞いたり議員立法のお互いの議論をして、そこで議論を深めて、それでまた、必ずしも部会に属している方が同じ委員会に行くわけではありませんけども、専門的な審議に委員会でも参加するという形でみなさんそれぞれ専門分野を持って活動していく、というのが実態だと思います。
その時に国会議員の数が少なくなりますと、本当に委員会の数がある程度決まっていますからね。
そうするとそこの委員会に所属する議員が非常に少なくなって、いろんな角度からの審議ができなくなるということにもなりますし、1人の議員がたくさんの委員会を掛け持ちするということは、実際に同時刻にいくつかの委員会が並行して開かれますのでね。
今でももう掛け持ちがあって結構大変なのに、さらに議員の数が減ると、おそらくもう相当大変になりますね。
いわゆる深い、専門的な議論ができなくなってしまうという危惧は私は持っています。
ですから議員の数というのはある程度やっぱり必要で、少なければ少ないほどいいということにはならないと思います。

別所:なるほど、ありがとうございます。
水野さんの方から先ほどコストの面から特にお話しいただいたと思っているのですけれども、逆に質の面の担保というのは、そこのバランスはどのように水野さんとしてはお考えですか。

水野:それは要するに議員の数が増えれば別に質疑時間が増えるわけじゃなくて、議員の数が増えれば1人あたりの総質疑時間が同じであればですよ、1人あたりの総質疑時間はむしろ減っちゃうわけですから、短い時間だったら国会で審議すればあれですけど、質疑時間というのはやっぱり、どうしても、たとえばある程度30分くらいはないとまとまった質問はできない。
15分じゃ細切れの質問しかできないのが実態ですから、議員の数が増えれば、総質疑時間を一緒に増やすのであれば、1人あたりの持ち時間は同じになるわけですけど、現状は質疑時間が短いということの最大のボトムネックになっているのは何かというと、議員の人数の問題というよりは政府側が嫌がるんですよね。
つまり、この法案はもう3時間ぐらい審議したら、もうそれであげちゃってくださいという話なのですよ。
それは大臣とか副大臣とかすれば、委員会にずっと縛られているのはかなわんという。
気持ちとしてはわかりますけれども、実際にはそこにネックがあるわけであって、だいたい国会の交渉は、中川先生とも国会の場でもやりますけど、与党は審議時間短くしてちょうだいよと言って、野党はもっと多くと言って……。
だいたいどこで折り合うかというと、野党からするとやっぱり全体の質疑時間がどうこうというより野党の質疑時間が、自分たちの質疑時間がほしいわけですから、そうすると与党の主張が3時間であげてくれというと、3時間じゃ短いけどそのうち2時間は野党にくれと。
野党の方が人数が少ないわけですから、人数が少ない野党が2時間だったら、野党としては自分たちとしては時間が確保できる。
われわれは何も与党に審議するなとは言っていないから、野党が2時間やるのだったら与党は3時間やって5時間でもいいのだけど、それは与党としては放棄するという。
1時間だけにするかトータル3時間よ、っていうあたりで折り合うというのが実態。
問題はですね、結局あまり国会で追及されたくないというか、要はあんまり国会に縛られたくないという政府側の本能はわかるんだけれども、そこに結局、十分な質疑時間をとれないことのネックがあるんですよね。

別所:議員の数というよりも、質疑時間の確保のところをまず優先すべきだというところなのでしょうか。

水野:私はそうですね。

別所:そこはやはり同じお考えですか、中川さんは。

中川:正直言いまして、私もずっと役所にいましたので、その時にはいろいろ法案を政府が出して、大臣なり局長が答弁に立つ準備作業をずっとしていた経験もあるわけなので、確かに質問の前日っていうのはもう大変な徹夜で、想定問答作って資料作ってということで、確かに政府側というよりは下の方の役人の立場に立ちますとですね、そんなに長い質問、質疑時間をとられたらこれはもう倒れちゃうというか、体力的にももたないという、そういうことは確かにあると思います。
ただですね、本当に実のある審議をしていただけるのであれば、私はやるべきだと思いますし、野党になっていた時の経験からしても、もっと本当にこういうことを聞きたいと、ここは徹底的に追及すべきだと思うこともあるわけですよね。
ところが、必ずしもそういう審議ばかりではなくて、消化試合みたいになっていましてね、聞かなくてもいいようなことを聞いたり、もう答えがわかっているようなことを聞いたり、もうこれはお互いに通すべきだとわかっている法案で、もちろん野党側も賛成して通る法案でもですね、形の上では2時間とか3時間とか審議しなければいけない。
で、そのためにあえて質問をするというような、そういう場面も多いわけです。
ですから、そこはもうちょっと事案によって、これはほとんど審議しなくてもいい、何ら問題はないから通そう、これはもっと徹底的に審議しよう、とメリハリをつけた実質的な審議をしてほしいし、そうあるべきだと思いますね。
そうであれば、別に政府側も当然いろいろ聞かれて当たり前なので、みんな一生懸命対応すると思うんですね。

別所:今、中川さんの方からだいぶ力強い発言がありました。
水野さんも引き続きいろんなところで挑戦されるんだと思うんですけど、やはり国民の目から見ると十分な審議をしていただきたい法案はたくさんあって、そこに注力をしていただけるようになってほしいなというふうに思っています。
もう1つは国会議員の先生方が調査能力を含めて高まっていくというのが非常に期待されるところですので、ともするとコストの削減の話ばっかりかなというふうに新聞報道をみて思うんですけれど、そうではなくて、審議の質を上げて、今は二院制ですから今の二院制をできるだけ生かしていただけるような工夫を重ねていっていただくことが、次もしかすると憲法改正論とかがあった時はまた二院制、一院制の話が出ると思うんですけど、二院制か一院制かというよりも、国民のための議論をどういう仕組みでやっていただければ一番よい解決になるのかというようなことを目指して議論を進めていただければというふうに思います。