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熟論7【5】賃金と経済成長

別所:それでは、少し賃金の話に戻らせていただきたいと思います。現在の課題のひとつで、所得が少ない層が増えて、所得の高い層が減っているという課題があるんじゃないかというふうに思っています。その現状について、最初に鈴木さんから解説をお願いします。

鈴木:まず労働市場の現状ということで、これは就業者と完全失業者のグラフです。

大和総研作成

デフレのもとでは実質賃金がちょっと高い状況がどうしても生じますが、デフレ脱却に向かうにつれて実質賃金が下がっていきます。その過程で値段が下がるということは、雇用が生まれるということで、雇用が増えると思うのですね。安倍政権になってからを見ますと、失業者は50万人ぐらい減っております。それから就業者は120万人ぐらい増えています。そういう意味では雇用が拡大しているということですね。
ただ中身を少し確認してみますと、

大和総研作成

これは別に安倍政権になってからというわけではなくて、もう2000年代になってから、あるいはその前からずっと続いていることではありますけれども、非正規雇用というのは増え続けているわけです。安倍政権になってからで数字を見てみますと、非正規雇用は160万人ぐらい増えておりまして、正規雇用は50万人ぐらい減っております。そういうかたちで、ネットで雇用が増えているということですね。
現在、非正規雇用の方というのは1,960万人ぐらいいらっしゃいます。これは全体が何か問題だということではないですが、いわゆる不本意非正規雇用、正規の仕事をしたいのだけれどもできないという方も、330万人ぐらいいるという状況です。
こういうことが起きますと、何が起きるかということで、

大和総研作成

これは世帯の分布の状況なのですが、横軸は年収で、縦軸はウエイト、何%ぐらいの方がそれぞれの年収にいらっしゃるかということで、これは99年の調査と13年の調査の2つを比べておりますが、一目瞭然、ひとつ言えることは、所得の高いほうのウエイトが下がってきている。450万円以下の部分のところの所得の方のウエイトが、かなり直近で高まっているというふうに言えます。それから当然、平均所得も下がっているのですが、特にご覧いただきたいのは中央値です。中央値と申しますのは平均とは違いまして、人を順番に並べて、ちょうど真ん中にくる、この場合は世帯ということですけれども、真ん中の世帯というのが99年調査では544万円だったところが、直近の13年調査では432万円まで下がっているということが、ファクトとしてひとつ申し上げられます。
さらに年齢層別に見た変化、これもちょっとご覧いただきたいと思います。

大和総研作成

横軸に世帯主年齢をとって、縦軸に「ジニ係数」というものをとってあります。ジニ係数と申しますのは、格差をはかるひとつの尺度でして、数字が大きくなると格差が大きいということを意味します。ご覧いただくと、99年と2009年ということで10年前と比べているわけですが、年齢が高くなるほど格差が大きいという傾向、これは変わっていないわけです。ただ、直近のところを99年と比べていただくと、高齢層のところでかなり格差が、かつてよりは小さくなっている。これは非常に社会保障を手厚く高齢者向けにやってきたということだと思います。
一方で、いわゆる現役世代が相当入っていると思われる40代以下、働き盛りの層、若者の層、ここでは格差が拡大している。こういうバランスに今、日本の社会はある。ここをどう考えるかというのは、経済政策で非常に重要な論点だと思います。

別所:ありがとうございました。今日は格差の話よりは、むしろこういう状態が経済成長へどういう影響を与えるのかということに焦点を当ててお話しをいただきたいと思っています。

大和総研作成

因果関係が明確なわけではないですが、日本で経済が一番成長していた70年代というのは、実は中間層が非常に厚かったと言われています。先ほど言いましたようにGDPの6割が家計消費ですので、その家計消費を支える層が中間層として厚くあるということが、GDPが伸びていくためには重要な要素ではないかなと考えています。このあたりの状況をどのように取り組んでいきたいとお考えなのか、西村副大臣からお願いします。

西村:まず事実関係、このグラフもいいのですが、いま一番何が起こっているかというのは、団塊の世代の高齢者が、所得が比較的高い方々が退職をし始めているんですね。したがって、その方々が高所得から年金の生活に変わられたり、あるいは嘱託の社員のようなかたちで所得を落として引き続き仕事をされたりということで、この部分が、正社員がぐっと減って非正規が増えている大きな要因ともなっていますし、所得がぐっと減る世帯が増える大きな要因ともなっています。この表でいうと、ここがぐっと増えて、所得の高い人が減っていますので、そのあたりをどのぐらいのインパクトかよく分析をしなきゃいけないと思っていますけれども、そこがある程度大きな原因となっているということは、ぜひご理解をいただきたいです。
そのうえで、私も今の現状を、鈴木さんのおっしゃったことを補足します。

西村副大臣作成

例えば、これは収入階級別の人口の変化を2012年からこの2年間で見ているんですけれども、鈴木さんのご指摘にあったように、所得のない人が67万人減っています。これは先ほど申し上げた労働環境、経済が活発化して雇用環境が非常に良くなっていますので、有効求人倍率が1を超えているように、仕事につく人がぐっと増えました。しかし、いきなり正社員で高い給料をもらえるかというとそうではなくて、所得の低い人たちが、100万円未満、200万未満、あるいは300万未満ぐらいの人たちがぐっと増えているということです。そういう意味で、まず景気回復時に所得がなかった、働けなかった人が非正規として働き始めたという傾向がこの2年間で見えます。
それが起こると何が起こるかというと、これは安倍総理がよく国会でも答弁されています。

西村副大臣作成

安倍家の例として総理がよく言われるのですが、夫が30万円、正社員として働いている、でも妻は働くチャンスがなかったというところに、妻が働けるチャンスが出てきた、パートで働くようなチャンスが増えてきたということで、30万円と10万円という所得になると。合計は30万円から40万円に増えていますので環境は非常によくなっているのですが、しかし賃金1人あたりで見ると勤労者は1人しかいませんから平均30万が、2人働くようになったので平均20万になるということですね。1人あたりの賃金で見ると、どうしても低くなってしまうような統計上のくせが出てきますので、われわれとしては中身をよく見て分析をしなきゃいけないと思っています。

西村副大臣作成

先ほど非正規が増えているということも言われました。まさにそうなのですが、不本意非正規と言われる、本来正社員として働きたいけれどもそれができない、不本意ながら非正規のままでいるという人は、このところ四半期ごとに見ると減ってきています。正規社員も、いい人をとろうと思えば非正規ではなくて正規社員にしようという動きも企業に出てきていますから、そういう意味では、雇用としては正社員に、あるいは賃金をもらえる方向になってきています。
やはり働く母体が多くなって、しかも先ほど大久保さんも言われた多様な働き手、これは女性が入ってくる。あるいは高齢者も何らかのかたちで、企業を辞めるんではなくて、引き続き後継の指導にあたったり、何か新しい仕事を自分で起こしたり、あるいはNPOとして働いたり、ボランティアだったりということで、多様な環境が生まれることによってイノベーションというのは起こってくると思います。
1人よりも2人いたほうが知恵は出るし、「三人寄れば文殊の知恵」と言われるように3人寄ったほうがいいです。労働者がある程度母数があるほうが、いろんな知恵が生まれてくるし、イノベーションが生まれると思うので、基本は働く人が多い社会をつくっていくということが大事だと思います。できればその中で所得がもらえるようにキャリアアップを考えながら、あるいはイノベーションといっても、みんながみんなプリウスを作れたり、iPS細胞を作れるわけじゃないんで、ちょっとした創意工夫もイノベーションのひとつだと思います。そういったことをやりながら賃金が上がっていく、それによって経済全体も成長していくという姿が望ましいと思っています。

別所:ありがとうございます。大久保議員、いかがでしょうか。

大久保:私は非正規が増えているのは統計的な問題とか、一時的な問題ではないと思います。非常に悩ましい問題ですが、ひとつはグローバル化。世界的な競争があって、賃金が低い国のほうにだんだん賃金が下がってくる。例えばアジアの賃金に、いわゆる付加価値の少ない賃金は下がっていく可能性がある。
2点目は、成長のために企業が儲からないといけない、ROE(株主資本利益率)だと。ROE重視ということは、実は人件費も固定費から変動費にしようと、ですから非正規にしようと、こういった動きがあります。企業としてはベストな選択かもしれませんが、マクロ的にはそのことが日本経済にとって、あるいは日本国にとって大きな問題があるということです。まず短期的には、賃金が低い人というのは消費性向が高いですから、その人たちの賃金が伸びないということで消費が増えない。ですからなかなか経済成長しない。さらには経済成長しないから、設備投資もうまくいかない。こういった短期的な問題がある。
長期的、これが一番大きいですが、日本国民の多くが教育に十分な投資ができない。これが一番大きいと思います。やはり最大の競争力というのは教育、人ですから、教育に対して家計がしっかりと担う。このことに対して、その基盤がなくなりましたら日本は成長力が相当落ち込んでいきます。
では、どういう政策が必要か。やはり民間だけでできないことに関しては、国が教育に対してある程度は補助金を出すとか、高校授業料無料化とか、こういった政策も含めてしっかりと教育に投資をしていく。短期的な話に関しましては、やはり正規雇用を増やすようなことを進めていかざるを得ません。一方で経営者としましては、固定費が高まってくるから、なかなかできない。そこに対して悩ましい問題がありますが、そこは税制等で、正規雇用を増やした場合には減税をするとか、何らかのインセンティブをつくる。こういった経済政策も必要だと思います。

別所:いま大久保議員がおっしゃった点について、西村副大臣、いかがお考えでしょうか。

西村:長い目で見て、企業として収益、成長していくためには人、労働と資本、生産性、国全体でいえばそうですので、設備投資をして新しい機械を入れていくと同時に、人に投資をしていくということが大事だと思います。そういう意味でいい人材を確保するためにも、その人たちがキャリアアップをしていくためにも、しっかりと生産性に見合った賃金、そしてそれは伸びていくことが大事だと思います。
全体として企業の行動の中で、確かにこのところ、長い目で見れば非正規がものすごい勢いで増えている。しかしそれは、自分はもう責任も取りたくないし非正規のままがいい、各地の転勤もいやだという、そういう望んだ非正規の方もおられます。その方々については、もちろん今も「正社員になろう」と言っても「俺はいやだ」と言う人もいますので、新しいタイプの地域限定の正社員とか、職業限定・職務限定の正社員という、新たな正社員の道も作っていきたいと思っています。できるだけ、不本意ながら非正規という人は減らしていくようにしていきたいです。
それから、成長との関係でもう1点大事なことは、所得の低い人たちが、そこに固定されてしまうということが非常に問題だと思っています。いつまでたっても自分たちはそのままだというと、何かキャリアアップしようとか、何かチャレンジしてやろうという気持ちは起こってきませんので、貧困の再生産というか、貧困がそのままずっと続いていく。親・子、また孫につながっていくようなこととか、あるいはいくら頑張っても抜け出せないというようなことのないように、頑張ればそのぶん報われるという社会、しかも失敗してもまた再チャレンジができる社会、そういったところのセーフティーネットであり、また、希望する人には職業訓練・能力開発が受けられる、その仕組みが大事だと思います。貧困を固定化させないというところは、注力してやっていきたいです。

別所:ありがとうございます。

大久保:そこに対しましては、民間だけではなかなかうまくいかない、特に貧困を解決できないといった場合に、そこで国の役割があると思います。おそらくは再分配機能を強化する。所得税に関しては累進税率を強化していくとか、場合によっては大企業だけの減税よりも、しっかりと税金を取るところから取って、そのお金を使って教育とか、もしくは子ども・子育てに使っていく、こういったことも必要だと思います。そのことが、長期的に日本の経済成長、潜在成長力を高めていくということだと私は信じています。

西村:先ほどジニ係数、今も類似のお話がありました。これも、よく説明しなければと思っています。

西村副大臣作成

所得の再分配の前は、まず稼いだものだけ考えると、このぐらいのジニ係数が2001年から2010年にかけて上がっています。これは格差が拡大しているのですが、所得再分配、特に先ほど鈴木さんもご指摘になった高齢者に対しての社会保障給付を充実させてきたことも含め、所得税を引き上げたり、相続税を引き上げたり、今年からまたやりました。そういったことを通じて全体として見れば、そんなにジニ係数は上がっていませんので、日本は格差がものすごい拡大しているということではないという状況は、ぜひご理解いただきたいと思います。それでも、やはり所得の低い方々が、そこに固定されないような仕組みは必要です。ぜひその点には、われわれも目配りをしっかりしながら対応していきます。

別所:今のお二方の話をうかがっていて、鈴木さん、何かございますか。

鈴木:非常に広範なテーマで議論が進んでおりますが、うかがっていて非常に感じますのは、成長を目指すという点では両先生とも共通されておられます。おそらくお二人とも、なかなかおっしゃりにくいんじゃないかと思いますが、これだけいろんなことをやっているんだから、あとは民間の責任といいますか、民間がもっと元気を出してやらないことには、結局ため込んだお金をどう使うかというのは民間の問題です。
それから金融機関の機能、資本市場の機能、大久保先生がおっしゃったように、プロジェクトがないのであれば、それは配当や自社株買いで一度投資家に戻して、そういうお金を回すという必要があるということですね。ただ一方で、政府の役割ということも確かに、今日は経済政策がテーマですけれども、あるのだろうと思います。先ほど投資というのが、これは何も伝統的な工場を作るだけじゃなくて、ITだとかを使ってブランディングやマーケティング、あるいはデザインとか、そういったことをやっていくことが非常に生産性向上だということなので、そういったことを後押ししていただくとか。
それから農業ですね。日本は非常に競争力あると思いますし、医療・介護・保育というのは、行列ができている。需要が非常に強いところですから、こういったところの規制を変えていって、やっていただく必要がある。
別所さん、大久保先生がおっしゃっていたのは、ROEなんか追求していくと雇用がどうなってしまうのかという点に注意が必要だということ。新しい産業が起きて、そこに人がうまく移動するという、そこの必要なことというのは労働規制もあると思いますが、大久保先生がおっしゃったように教育ですね。それから西村副大臣がおっしゃったキャリアデザイン。そういったことを合わせて政府のいろんな政策でやっていく。それから人事評価ということもおっしゃられました。そういう人の能力をうまく高めていくということと同時に組み合わせて、それぞれ民間と政府と、やるべきことをうまく整理してやれるかどうかということが、ポイントかなと感じました。

別所:ありがとうございました。