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民法改正記念対談シリーズ (中)「『定型約款』制度の規定化をめぐって」

今回の民法改正の目玉であり、最も調整が難航した定型約款。
定型約款に関するルールを明文化する目的、議論の状況、実務に与える影響などについて伺いました。

「定型約款」制度の規定化にあたって

今井:今回、定型約款について新たに条文が規定されることになりましたが、このような制度を明文化する目的、経緯についてお聞かせください。
内田:法的なインフラとして、市場取引を安全に行うための基礎的な制度というのが民法の役割です。その点からすると、約款は頻繁に使われる、現代においてはなくてはならない法的なツールであるにもかかわらず、約款を用いた取引が安全に行われるための法的なインフラが現在の民法にはありません。そこできちんとルールを整備しようというのがもともとの目的です。

他方で、諸外国には約款に関して消費者保護を目的とした規制をかなり強くかけている国もあるので、今回の改正にあたって弱者保護や消費者保護をはかることをめざしていた方々もいたと思います。また、それに対する企業側の警戒感もありました。このように、さまざまな主張がある中で、ともかく議論がスタートしたということだと思います。

今井:今回の改正に積極的に関わってきたYahoo! JAPANですが、具体的にどのように取り組んできたのでしょうか。

別所:Yahoo! JAPANはインターネットでビジネスをしている会社であるため、取引のベースが約款によるものが非常に多くありました。

大審院の判例で約款は契約としての効力があると一応判断されていましたけれども、消費者のなかには約款の効力を争ってくる方もいらっしゃいます。ご承知のとおり、インターネット・ビジネスには、小規模な企業も多く参入しています。そうした企業が約款の効力に関して争われた際、約款についての安定的な基盤を民法に規定しておくのが望ましいと強く感じていました。

また、当時はIoTという文字もありませんでしたが、全てのものがネットワークで繋がってくる、例えば自動車もネットワークでつながってくると、自動車を売って終わりではなく、企業と顧客との間で継続的な契約が必要になります。このような取引では、契約の内容もシステムの変更などに伴い頻繁にアップデートしていく必要がありますが、そういうもののルールを支えていくものは約款しかないので、もう少し先を見据えていく必要があると考えていました。大きい会社と複数の小さい会社の間のBtoBの取引というのも約款ベースに拡大しつつある様子が当時みえましたので、そこもカバーが必要なのではないかなというふうにも考えていました。

パブリックコメントに対して、Yahoo! JAPANとしても意見を提出しましたが、約款のルールが必要だという仲間をどうやって増やしていくのかに腐心しました。シンポジウムを開催するなど、さまざまな策を講じました。また、さまざまな意見があるなかで妥協点を探るため、法務省の担当者とも何度も打ち合わせを行いました。

内田:Yahoo! JAPANのご支持がなければ、提案されている約款ルールは消費者や弱者の保護に偏っており企業にとってメリットがないという印象を多くの企業に与え、幅広い支持を得られなかったと思うのですね。Yahoo! JAPANの強力なサポートのおかげで、弱者保護というよりは、消費者と企業、取引の双方にとってメリットのある法的なインフラを作るのだという説明が説得的にできるようになりました。

約款ルールを作ることに内容次第で賛成だと表明してくださっていた業界は銀行業界でした。銀行業界も約款が非常に重要で、メリット・デメリットを十分考慮されたうえでやはりルールが必要であると考えておられました。リーガルリスクにセンシティブで、かつ約款を使っている業界は、今回の規定のメリットについて肯定的に評価をしていただいていると思います。

BtoBの取引においても約款は重要で、それゆえルールも必要ですが、経済界全体としては約款について規定を置くことに反対が強かったために、「定型取引」とか「定型約款」という今まで全くなかった新たな概念を使って、BtoB取引を原則として対象から外す工夫をしました。国際的にも例のない日本独自の非常にユニークな概念です。しかし、作られたルールは合理的なものですから、形式上適用対象から外れている約款についても十分参照に値するルールになっているのではないかと思います。

今井:最終的に定型約款の条文が明文化されることになりましたが、事業者の懸念については払拭できたのでしょうか。

内田:約款に関する規制に反対していた立場の方々が想定していたのは、開示規制と不当条項規制だと思います。約款が有効に契約内容となるためのハードルをどこに設定するかという開示規制と、いったん有効になった約款の条項が非常に不当なものであれば無効になるとする不当条項規制、この2つが重要な論点になると考えていたのではないでしょうか。

今回の改正民法の規定の中にも開示と不当条項に関する規定が入っています。しかし、現在行われている正常な実務に影響を与えない範囲でルールを作ることが目指されましたので、開示規制と不当条項規制のいずれについても、正常に約款が使われている限りは実務に影響を与えないルールになっていると思います。したがって、事業者の自由な経済活動への規制という性格はほとんどないと思います。

とはいえ、最終段階まで、規定を設けることに反対が強かったので、法案から落ちる可能性がありました。しかし、もし今回の改正で、民法の中に約款のルールが入らなかったら、改正後に、やはり約款の開示と不当条項の効力については約款に特化したルールをきちんと置けという声が必ず上がるだろうと思います。今でも学界では、もっと約款規制のハードルをあげるべきだったという意見が有力にありますが、民法改正以外の場でも、もっと強い規制をかけろという議論が出てくる可能性があります。その辺のところを経済団体連合会が勘案されて、最終的に合理的な選択をされたのではないかという気がします。

別所:実務的な観点からは、現状の取引形態が追認され安定したという意味ではプラスの影響はあると思います。マイナスの影響については、今のところは取り立てて無いのではないかと思います。新しいドラスティックな考え方が導入されたというよりは、今まで安定的に運用されてきた実務のベースにある合理的な考え方が、民法という形に収斂して「丈夫」になったという理解でいます。

IoTや自動運転など情報通信技術の発展により、今後ますます約款を用いた取引が増えていき、その安定性を確保するために今回の約款に関するルールが重要になってくると考えています。

内田:実務に負担になりそうな部分は反対が強くて改正案に盛り込まれなかったため、ビジネスにマイナスになることはありません。では、消費者にとってはマイナスなのかというと、決してそうではありません。今までルールがなかったところにきちんとベースになるルールが作られたわけですから、約款の現状についていろいろ不満があるという方たちからしても、自分の主張をきちんと組み立てるための道具が作られたという意味でプラスになっていると思います。

事業者側にとってプラスだと私が考える規定のうち、非常にユニークなものとして“約款の変更”の規定があります。限定的に縛りをかけた上で約款の変更を認めるという規定が入りましたけれども、これは比較法的には例がないのではないかと思います。
なぜ外国に例がないかというと、一方当事者が勝手に契約を変えるなどというのは民法の基本原則からすると認められないからです。だから学者のなかには変更を認めること自体に否定的な方々が多かったのです。

他方で、ある種の業界においては、現在自由に約款の変更をやっているので、ルールなんかできるとこの自由が制約されてしまうから作るなという声が出ていました。
つまり学者と実務界との間の意識のギャップがものすごく大きかったわけです。そこにきちんとルールを作ったということの意味は大きいと思います。
現実には約款を変更せざるを得ない場面はあります。それがどのような要件のもとで可能なのかというルールが作られたことにより、変更に文句のある人たちからしても文句をつけるための手がかりが与えられたということになりますし、事業者からするとルールにのっとって変更する分にはあとから効力を争われるおそれはないということで、特に継続的な取引が約款によって行われる場合に取引を安定させる重要な手段になるのではないかと思います。


(RH、YK、RI)

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