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民法改正記念対談シリーズ (下)「経済戦略としての民法へ」

民法改正により当初の目的は達成できたのか、今後事業者や国民に期待することなどについて伺いました。

非西欧国初の全面改正、アジア標準取引ルールとしての民法へ

今井:改正の目的についてお話をしていただきましたが、今回の改正によって当初の目的が達成できたかどうかについてお聞かせください。

内田:今回の改正の目標は100年余りの実務の蓄積を条文に反映することによって自前の改正をするということでした。その目的は十分達成できたと思います。
ただ今回の改正の当初、私は講演や著書で、日本から新たな民法を作って対外的に発信するということには大きな意味があるということを強調していました。特にこれから、東アジアの先進国の間で市場を共通化していこうという話が必ず出てくるだろうと思います。もちろん欧州連合(EU)のように政治統合にまで至る可能性は当面はないと思いますけれども、市場に関してはなるべく共通化して、ボーダーレスに人や物、金が行き来できるような基盤を作っていこうという動きが必ず出てくる。それが出てくると、続いて、その市場の中の取引ルールを共通化しようという話が必ず出てくる。その際には、ヨーロッパの契約法をモデルにしようという意見が出てくるでしょう。そのとき、ヨーロッパを見なくても、モデルは日本にあるじゃないかといわれるような、将来の共通市場のスタンダードになるような民法を発信することが、日本の経済界にとって非常に重要な意味があるということを主張してきました。
しかし、残念ながら今回の改正では、経済界からそういう声は全く起きてきませんでした。著名な企業の経営者の方々に会ってお話をすると、トップの経営者の方は「それはいい話だ」とおっしゃってくださるのですが、法務部に話がいくと「いやちょっと待ってくれ」という話になり、なかなか政治的な追い風にはならなかったですね。
そのようなサポートがなかったために、結局、国内法務的な発想でリスクのある規定はネガティブチェックをして提案からどんどん落としていくという方向での議論になり、改正の内容がどんどん細ってしまいました。でき上がったものを全体としてみたとき、これが将来の東アジアの標準契約ルールだといえるようなインパクトのあるものにはならなかったと言わざるをえないと思います。その点はちょっと残念ですけれども、中には非常にユニークで国際的にみても注目にあたいするルールも入っていて、その代表が約款だと思います。

別所:国際的なルールメイキングについて、日本ではアプローチの仕方が不慣れなところが多いかなと思います。法務部門の役割は法律を解釈するだけではなくてルールメイキングにどのように参画していけるかというところだと思っています。そういう姿勢を各社の法務部門がより持つようになってもらっていかないと、なかなか国内ルールだけではなくて国際ルールも視野に入れてルールメイキングをしていくところまでにもう少し時間がかかるのではないかと思っています。
ただ、目指すところは国際ルールを見据えて国内ルールをどう整えていくかというところにあると思っていますし、債権法の改正などを対外的にもう少しちゃんと説明をする機会があってもいいのではないかと個人的には思っています。

内田:立法というのは国際的な経済戦略の問題だという意識が、日本には乏しいと思いますね。しかし、東南アジアで事業をやっている企業の方や東南アジアで活動している日本人の弁護士の話を聞くと、たとえばカンボジアやベトナムのように日本と共通のルールを持った国でビジネスをやるのは、予測可能性が高くなってものすごくやりやすいというのですね。
国内ルールと共通のルールが外国に存在するということが経済的にどれだけ大きいメリットがあるかをもう少し意識すべきです。欧米はこれを非常に強く意識しているので、世界のどこかで新たに契約法、取引法をつくるという動きが出るとすぐに「サポートしましょう」となるわけです。それは慈善事業でやっているわけではなく、経済的に大きな戦略的な意味があるわけです。日本の場合、法整備支援というと慈善事業的な意識が強いかもしれませんが、実は経済戦略的な意味が大きい。そういう意識をもって民法の改正も見るべきです。
日本の最先端の経済活動の中で、判例などの実務を通じて形成されてきたルールには世界に誇れるものが少なくありません。これを全部明文化していくとかなりインパクトのあるものになったと思います。しかし、判例があることには異論はないが、条文にするとそれを巡る解釈が生じて無用な混乱が生ずる、だから判例のままでいいという声が経済界では強かったのです。そのために多くの規定が改正内容から落ちてしまったことは残念でした。
判例は日本の専門家のみが知っていて外国からは見えません。日本法を外国に輸出するためには条文にしないとダメです。判例実務をそのまま輸出することはできませんので、海外に発信するためには条文にする必要がある、でもそういう意識が日本には乏しいように思いました。

「不磨の大典」としての民法からの脱却

今井:民法改正全体を通じて、これは良かったと思うことがありましたら教えてください。

別所:一企業の立場からすると、改正に関する議論に自分たちが参加したということはすごく意味があったと思っています。事業法のようなものではなく、取引の一般法を一から考えるチャンスはなかなかないので、そのチャンスを得られたというのは法務部門にとっては非常に大きな成果ですし、その先を考えていくにあたっても非常に大きな糧になるだろうと思っています。もうひとつは、120年振りといわれていますけれどもどんな法律でも変えることはできるし、変えてはならないルールはないと思っていますので、時間はかかりましたが、最終的に改正にたどり着いたということは大きな成果だったと思っています。

内田:現在の民法は「不磨の大典」と呼ばれていることは、民法を勉強した方はご存じかと思います。明治時代に穂積陳重、富井政章、梅謙次郎という、大変優秀な方たちではありますけれども、今や神格化された歴史上の偉人みたいな起草者がいて、その人たちが作った不磨の大典、しかも元は舶来のものですから、法典というよりは教典みたいなもので、あとの学者はひたすらそれを解釈するだけ、元の条文を変えるなんてとんでもないという意識が強かったように思います。
今回の改正の最大の成果は、それを普通の人達が変えてしまったということです。改正民法には神格化された神々しさは何もないわけで、不満があればいつでも変えればいいというものになったと思います。
法典というものは、不備があったり時代の変化によって不満が生じるようになればいつでも変えていい。実際ドイツではほとんど毎年のように民法改正をやっている。そのように、メンテナンスをしていくべき法律だという意識が共有できたかなと思います。それが非常に大きな成果だと思います。

民法改正を受けて事業者や国民へ期待されることとは

今井:今回の民法改正を受けて、今後事業者や国民に期待することがありましたら教えていただけますでしょうか。

別所:民法の改正はできましたけれども、最初に内田先生がおっしゃったような視点でいうと、わかりやすい民法に本当になりきれているかという点がこれから問われると思っています。やっぱり、法律の専門家ではない人たちが条文を見てわかるというのが非常に重要な要素ですので、その視点で改正したものについて法律の専門家ではない方々がいろんな意見を出していってくれるということを期待したいです。

内田:改正法が実際に施行されたあと、いろんな不備や不便を感じたときには、是非法務省にフィードバックをしていただきたいと思います。中身をどんどん良くしていくということを、民法を使う人たちが意識しながらメンテナンスをしていくということが重要です。
今回の改正は、実務を踏まえ、実務に合うよう法典をアップデートしたというものですので、それにより実務を変えなければならないとか、悪影響が生じるということはほとんどないと思います。
いくつかのごく限られた領域、例えば保証などでは実務を変えるというところはありますが、多くの場面で新しい民法に対応するのにコストがかかるということはあまりないと理解をしています。大きく変わるから大変だぞと不安を煽っておられる方もいますが、惑わされずに正しい理解をもっていただきたいと思います。そして、こういうところが不都合ではないか、あるいはもっとこう書いた方がわかりやすいのではないかといった意見を、どんどん蓄積していただければと思います。
次の改正のときに、立法事実がないとか現状の解釈で回っているとか言わないで、こう変えろという意見が経済界から出てくることを期待したいと思います。

今井:最後に何かございますでしょうか。

内田:今回は債権関係の改正だったのですが、実は民法の中にはまだ制定以来手付かずの部分が残っています。その中の代表で、実務と条文との間の乖離が大きくなっている領域が担保物権だと私は思っています。
動産の担保について、判例法でルールが作られて成文法上の根拠無しに実務が動いていますが、その辺はきちんと立法的な対応をしていくべきじゃないかと思います。今回の改正で終わりということではなく、まだ課題は残っているということを実務界でも意識をしていただければと思います。

今井:以上となります。ありがとうございました。


(RH、YK、RI)

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