Yahoo! JAPAN 政策企画

第2回日本はすでに実質的な憲法改正を経験している?平成の統治機構改革が意味するもの

憲法施行から70年にあたる憲法記念日となった2017年5月3日、安倍首相が憲法改正について2020年の施行を目指すと表明しました。この時期は、国会でも衆議院の憲法審査会で憲法論議が再開され、憲法改正をめぐる動きが活発化しつつある時期でした。
 このような中で,ヤフー政策企画部では,憲法の中でも,国の組織・作用の大枠を定めている統治機構にスポットを当て,学者や実務家の方々との対談を通じて憲法と、憲法から導かれる各種の関連制度について議論を深める場を設け、5回に渡り議論を行ってきました。その結果を「政策企画ブログ」などでご紹介しています。今回は、2017年5月に有識者の方々を招いて開催した第2回の対談イベントについて紹介します。
 なお,このイベントの模様を簡潔にまとめたレポートが「THE PAGE」上でもお読みいただけます。(参考 THE PAGE https://thepage.jp/detail/20170609-00000006-wordleaf

第2回「憲法について議論しよう!」の登壇者の様子
前回に引き続き「憲法と統治機構改革」をテーマに討論した「憲法について議論しよう!」。今回は平成の統治機構改革の意義を中心に議論した。

現行憲法は、70年前の施行から今日に至るまで改正されておらず、この点に着目すれば憲法改正は特別な出来事といえます。一方で「憲法について議論しよう!(第1回)」でも指摘されたとおり、近年の統治機構改革の歩みを振り返ると、日本では憲法典の改正自体はなされていませんが、関連法の改正により行政のあり方の大きな変革を経験してきました。具体的には、1990年代の選挙制度改革や橋本内閣による行政改革などの一連の統治機構の改革です。

第2回の対談では、行政官として橋本行革に、国会議員として民主党政権における統治機構改革に携わった慶應義塾大学の松井孝治教授、比較政治制度論を専門とする京都大学大学院の待鳥聡史教授、長く日本の統治システムを取材してきた日本経済新聞社の清水真人編集委員、ヤフー株式会社の別所直哉執行役員が参加しました。
「平成の統治機構改革」やその後の二度の政権交代をどのように評価するか、日本の代議制民主主義の構造と他国の構造との比較の視点も織り交ぜながら議論が交わされました。

■平成の統治機構改革がもたらした「行政」の変化とは?
清水編集委員が説明する様子
小泉氏が取り組んだ「官邸主導の政治」を、民主党政権はより制度的・組織的に担保しようとしたのではないかと問題提起する清水編集委員

前回の議論(https://thepage.jp/detail/20170221-00000011-wordleaf)で実質的な憲法改正に相当すると評された「平成の統治機構改革」とは、ここでは主に(1)小選挙区制を導入し、二大政党による政権交代の可能性が付与された「選挙制度改革」、(2)首相主導の政策決定を目指して内閣機能を強化し、霞ヶ関の中央省庁を1府12省庁に再編するなど故・橋本龍太郎首相が推し進めた「橋本行革」という二つの主要な改革のことを指しています。
※詳細は官邸HP(http://www.kantei.go.jp/jp/kaikaku/index.html)参照

事務局説明資料、タイトルは橋本行革とは。橋本内閣時の行政改革において取り組んだ成果として、中央省庁等再編基本法の制定、それに伴う省庁再編、内閣機能の強化が進められたことを説明する図
(出典) 事務局資料

その制度改革の成果は、2001年からの小泉内閣で本格的に活用され始めました。例えば、小泉内閣では、内閣府のもとに設置された経済財政諮問会議において、予算編成や経済財政政策の基本方針を「骨太の方針」(参考:2001年に初めてとりまとめられた「骨太の方針」)として定めるなど官邸主導のリーダーシップを初めて本格的に発揮したのです。しかし、当時はその政権運営スタイルを小泉首相の個性による属人的なものと見るか、統治機構改革の成果を活かしたものと見るか、評価が定まっていなかったようです。「その後の自民党政権は小泉首相のような首相主導のトップダウン型の政権運営を踏襲するか、従来の与党主導のコンセンサス重視の政権運営に戻るべきか、迷いながら倒れていったともいえる。政治の側が統治機構改革のもたらした大きな変化をなかなか消化できていなかったのではないか」と清水編集委員は振り返ります。

また、清水編集委員は「小泉首相は統治機構改革の成果を活かした政権運営を個人の才覚でやろうとしたが、これを制度的・組織的に担保してルール化しようとしたのが当初の民主党政権ではなかったか」とも問題提起しました。民主党政権というと各省庁の予算事業の「ムダ」を洗い出すために行われた「事業仕分け」などのイメージが強いですが、発足当初の民主党政権が目指していた政権運営の改革とはどのようなものだったのでしょうか。

■平成の統治機構改革の延長線上にある民主党の政権運営構想
事務局説明資料、タイトルは「民主党政権における統治機構改革の試み」。2009年9月衆院選時のマニフェスト(5原則、5策)の概略が記載されている。原則1官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ原則2政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ原則3各省の縦割りの省益から、官邸主導の国益へ。第1策政府に大臣、副大臣、政務官、大臣補佐官などの国会議員約100人を配置第2策各大臣は、各省の長としての役割と同時に、内閣の一員としての役割を重視。「閣僚委員会」活用。事務次官会議廃止。第3策官邸機能を強化し、総理直属の「国家戦略局」を設置。第4策政治主導の下で幹部公務員の新たな人事制度を確立。第5策天下り、渡りの斡旋を全面禁止。「行政刷新会議」を設置し予算や制度を精査など
(出典)事務局資料

政権交代を実現した2009年総選挙で民主党が掲げたマニフェストを改めて見てみると、「子育て・教育」や「年金・医療」などの個別分野ごとの政策に先立ち、「政治家主導の政治の実現」などの基本方針が「5原則、5策」として掲げられています。そして、その多くが政権運営の改革に言及しています。この点について、橋本行革において行政改革会議の事務局を務めただけでなく、当時、民主党の国会議員としてこの「5原則、5策」を中心的にとりまとめた松井教授に、どのような狙いがあったかを聞きました。

松井教授は,「5原則,5策」を提起するには,教授自身が関わった「橋本行革」の意図したもの,特に内閣主導の試みに対する理解が,小泉政権以降の自民党政権において継続されておらず,改革が不十分であるという基本認識があったと振り返ります。その上で,松井教授がポイントとしてあげたのは、「総理直属の『国家戦略局』を設置し、政治主導で予算編成を行うこと」(第3策)、「政治主導の下で幹部公務員の新たな人事制度を確立すること」(第4策)でした。

松井教授によれば、第3策は、内閣府のもとに置かれた経済財政諮問会議と比較しても、内閣の意思決定ラインにより直結した内閣官房のもとに予算編成機能を担う組織をつくることがポイントだったといいます。これによって、首相のリーダーシップのもとに予算編成や重要政策の立案を行うことが可能となり、このベースになるのが「国家戦略局」構想でした。また,第4策は、2008年に成立した国家公務員制度改革基本法において「内閣人事局」の1年以内の設置が定められていたことから,幹部職員人事の一元管理とその事務を担うとともに,人事管理に関連する制度の企画立案,方針決定,運用を一体的に担う「内閣人事局」の設置を企図し,これらを盛り込んだ「国家公務員法等の一部を改正する法律案」を国会に提出したといいます。松井教授は、第3策及び第4策について,「これらの狙いは、予算編成の中枢機能、国家公務員の幹部人事の中枢機能、つまりヒトとカネの二つの中枢機能を首相の直下に置くことにあった」と当時を振り返ります。

また、松井教授は,第5策(国家行政組織法を改正し,省庁編成を機動的に行える体制を構築する)について,各府省の所掌事務等を詳細に各府省設置法に規定する現在の法体系を、国家行政組織法に一元的に集約し、詳細規定は政令委任することなどによって、各府省間の事務分掌を柔軟に見直すことを可能とする法体系に変更できないかとの野心的な問題提起であったと説明しました。

これらの施策は最終的には民主党政権下では実現されませんでしたが、民主党政権が目指した政権運営の改革は、内閣機能の強化や首相主導による政権運営という点では、橋本行革などの自民党下での一連の統治機構改革と連続性をもっている側面があったといえます。また、内閣人事局の設置によって幹部公務員の人事を内閣が一元的に管理する体制が安倍内閣の下で2014年に実現するなど、民主党政権で目指していた統治機構の追加的な改革が、その後の自民党政権で実現しているケースもあります。

松井教授が説明する様子
民主党政権が掲げた「5原則5策」で「内閣一元化」は重要な項目の一つだったと振り返る松井教授

続いて、「5原則、5策」原則2にも掲げられている内閣政策決定の一元化について議論がされました。

内閣による政策決定の一元化とはつまり、法律案の策定プロセスにおいて「与党の事前審査を重視しない」というものです。この与党事前審査とは、政府が法律案や予算案を国会に提出する前に与党内の総務会・政調審議会・部会などで審査し、必要な調整を図った上で与党の了承を得るという、自民党の長期政権のもとで続いてきた慣行のことを指します。結果として、与党内で事前調整された法律案や予算案のみが、内閣で閣議決定され、国会に提出されることになります。議会の多数党によって形成されたはずの内閣を“迂回”する形で、実質的な議論や調整が与党内のプロセスで行われていたのです。

松井教授は、「橋本行革では政府内における内閣機能の強化に主眼が置かれ、このような政府・与党の二元体制を改めるという点は強調されていなかった。皮肉なことに、橋本首相のイニシアチブで進めていた行革案自体が与党の事前審査プロセスを経るなかで当初の大胆さを失っていったともいえる」と語りました(当時、行革案がどのように修正されていったかは、行政改革会議の「中間報告」と「最終報告」を比較することで見えてきます)。

この政府・与党の二元体制の問題がクローズアップされたのは、小泉内閣においてです。郵政民営化をめぐって小泉首相と自民党内の議員が対立するなか、小泉首相は与党の総務会などの了承を得ずに法案を国会に提出する動きをみせました。松井教授は「民主党が掲げた政府・与党の一元化は、小泉氏の政権運営に通じるものがあった。」と振り返りました。

なお,民主党政権では,政府・与党一元化の方策として,自民党政権下の与党事前審査制と類似の慣行が一時廃止されました(参考記事:2009年9月19日朝日新聞「民主、議員立法を原則禁止 全国会議員に通知」)。しかし,これに対しては,政権外の与党議員からの強い反発があり,最終的には復活し,現在の自民党でも続いています。

このような政府・与党一元化の議論に対し,待鳥教授は「政府・与党が二元的であっても、政府と与党の検討結果が齟齬をきたさない場合,すなわち,党執行部と内閣に十分な求心力がある場合であれば、二元体制それ自体は大きな問題ではないのではないか」と指摘するとともに、「現在の自民党政権において、事前審査制の存在感は薄れており、内閣が政策を実現する上でそれほど大きな障害となっていないのではないか」とも述べました。
(※中北浩爾『自民党―「一強」の実像』(中公新書)の第3章では、現在の安倍政権において事前審査制の機能が大きく変化し、官邸主導の政策運営が実現している点を指摘している。)

この事前審査制に関し,別所執行役員からは「事前審査制は法律で定められたものではなく、これによって、国会という公開の場で本来国民に示されるべき重要な議論が、党内の非公開のプロセスに閉じてしまい、国民にとって政策決定過程が不透明になってしまっている。このような状況について,議会のあるべき姿や透明性を持ったルールメイキングという観点からは,どのように考えるべきか。」という課題が提起されました。

これに対し,松井教授は,「事前審査制は,議論の内容が必ずしも議事録等で公開されない状況の下で,内閣が意思決定をする前に議会多数党と個別セクターごとに事前に調整をし,調整が終わったものを内閣が改めて議会に提出するものであるため,実質的な討議が議会で行われない。国会運営上の制約(会期制や会期不継続の原則など)がある中で,多数の法案全てについて,実質的な討議を行うことは困難である以上,事前審査制を完全に否定することはできない。しかし,すべてを事前調整するのではなくて、ある程度の段階で内閣が責任を持って議会に対して議案を提出し、そこでしっかりと議論が行われ,法案が成立していく,そういった政策決定過程のプロセスを国民に見えるような形にしていくというのが、あるべき姿ではないか」と語りました。

また,待鳥教授は,「現在では,与党と内閣の間の二元性の問題より,国会と内閣の二元性の問題と言える。すなわち,内閣が,一会期の中で多数の法案を成立させるため安定的に多数派を形成しようとすることは当然だが,現状は,これを国会の中ではなく,法案提出以前の段階(与党の中)で行うのが常となっている。これは事前審査制の問題というより,国会の問題,あるいは国会と内閣の二元性の問題であろう。このような国会と内閣の二元性の問題の背景には,松井教授が指摘した「会期制」や「会期不継続の原則」などに加えて、内閣が提出した法案の議事運営に関し,内閣が国会に対して何らコントロール権を持たないという事情がある。松井教授が述べた方向性を実現するためには,この国会と内閣の関係性について再検討が必要になるだろう」と指摘しました。

この点に関し,松井教授は,1999年の国会審議活性化法成立に際して、自民、自由、民主三党合意の中で、「参議院における大臣政務官の理事就任については、認めるものとする」との合意がなされていることを紹介しました。これは、内閣の国会の議事運営への関与をわずかながらも認める方向での合意であり、今後、国会と内閣の関係のあり方を議論する上で参考になる事例ではないかと指摘しました。
※「国家基本政策委員会の設置、政府委員制度の廃止及び副大臣の設置並びにこれらに伴う関連事項の整備等に関する合意」(1999年6月14日)

松井教授と待鳥教授が話し合う様子
パネリストとして招かれた松井教授(左)と待鳥教授

このように、1990年代の平成の統治機構改革とこれを活かしたその後の政権運営の経験を振り返ると、自民、民主いずれの政権においても平成の統治機構改革の大きな影響下にあり、その改革の成果を活かして内閣主導の政権運営を図るという方向性自体は共通していたともいえます。そして、その方向性は、憲法が想定する議院内閣制のあり方に政権運営の実態を近づけるものであったと、待鳥教授は比較政治分析の観点から指摘します。

■日本の首相は米国の大統領より強い権限を持っている?
待鳥教授が説明する様子
1990年代からの日本の統治機構改革は「ウェストミンスター型」の議院内閣制を志向するものだったと語る待鳥教授

 待鳥教授は、現行憲法には、第41条に「国会は、国権の最高機関」であると定め、さらに第65条に「行政権は、内閣に属する」、第66条3項に「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う」と定められていることから、典型的な議院内閣制が想定されていると説明します。議院内閣制を抽象化すれば、有権者の委任を受けた政治家の多数派(衆院)が政府を運営するための特別委員会として内閣を組織し、その内閣が官僚制を統御して行政権を行使するととともに(委任の連鎖)、それとは逆方向に、委任を受けた官僚が内閣に対して、内閣が議会に対して、さらに議会が有権者に対して説明責任を負う(責任の連鎖)という構造(委任と責任の連鎖)となっています。
待鳥教授説明資料。タイトルは議院内閣制の基本構造。左から有権者、議会多数党、内閣、官僚が相互矢印でつながっている図
(出典)待鳥教授資料

このように議会の多数派が内閣を構成するという点からみると、議院内閣制のもとでの日本の権力分立のあり方は、権力集中(融合)的な制度設計ということができます。したがって、制度面を見れば、日本も採用する議院内閣制は、大統領と議会が権力分立的な関係にあるアメリカの大統領制よりも、リーダーが強い権限を行使しやすい構造であるといえるのです。

もっとも、制度上、権力集中的な日本の議院内閣制において、歴史的には必ずしも日本の首相は強い権限を行使してきませんでした。その理由として、待鳥教授は、55年体制、すなわち中選挙区制の下で自民党の長期単独政権の時代に築かれた与党事前審査制を挙げます。これによって、分野ごとの利害調整に存在感を発揮する「族議員」とその分野を担当する官僚とが結びつき、ボトムアップの政策決定が行われ、内閣が政策を主導する場面が乏しかったのではないかと待鳥教授は指摘します。

このような状況に変化を迫った平成の統治機構改革について、待鳥教授は「議院内閣制のウェストミンスター化」と解説します。代議制民主主義といっても,各国の歴史的な経緯などに応じて様々なバリエーションがあります。そのバリエーションの説明の仕方の一つとして,①選挙制度のあり方,②政治家と官僚の間の分業関係の組み立て方(これを「権力分立」あるいは「執政制度」といいます)の2つの観点から分類する方法があります(下記図参照)。待鳥教授によれば、選挙制度改革を含む1990年代以降の日本の統治機構改革は、小選挙区制を導入することで選挙制度の比例性を低めるとともに、執政制度についても官邸機能強化による内閣への集権化を進めたことで、より権力集中(融合)的な議院内閣制、ウェストミンスター型(英国型)の議院内閣制に変化してきたというのです。こうしてみると、平成の統治機構改革は、日本の統治機構のあり方を、本来、憲法が想定していた権力集中(融合)的な議院内閣制へ回帰させる方向に進めたのではないか、そしてそれは、実質的な憲法変革に近い効果を持つものともいえるのではないか、と待鳥教授は指摘します。
待鳥教授説明資料。タイトルは代議制民主主義の多様性。同じ原理であっても、比例代表性などの選挙制度や、権力の分立、集中などの執政制度の組み合わせにより多様なバリエーションがあると説明する図
(出典)待鳥教授資料


■政策の多元性を確保するには?
登壇者が議論する様子
政策の多元性確保に向けて熱心な議論が行われた

 もっとも、このように内閣への権力集中が進むなかにあって、人々の多様な価値観や利害を反映するために政策の多元性・代替性を確保するには何が必要なのでしょうか?

待鳥教授は、ウェストミンスター型の議院内閣制の場合、基本的には、政策の多元性は政権を争う政党間の競争によって確保されると指摘します。すなわち,小選挙区制においては,多数派の支持を集めることができる大政党が有利になるため,二大政党制に至りやすく,この政権を争う「二大政党の政策の違い」というのが政策代替案の最大の源泉になるというわけです。
もっとも、こうした政党間競争によって政策の質や多元性が必ずしも確保されるとは限りません。また、外交・内政ともに各国がさまざまな制約条件に直面している現代においては,政党間の政策的対立軸が失われつつあり,二大政党間においても政策の差異を生み出すことは困難となってきています。

 また,待鳥教授が指摘する官僚の行動様式(政権交代が繰り返される状況下においては,官僚制全体としてみると,時の政権に対して中立的であろうとする)からすれば,官僚制が政策の多元性を確保する仕組みの一つになりうるかもしれません。しかし,現状では,政権交代が繰り返されるという状況にまで至っておらず,また,政党間で政策の差異を生み出すこと自体,困難となってきているため,官僚制に政策の多元性を求めるのも,やはり困難といえます。

 なお、以下の資料にあるとおり、米国や英国では、政権交代時に政権スタッフを大幅に入れ替えたり(米国)、野党第一党が政権交代に備えられるよう制度面や資金面で支援(英国)する仕組みがあり、これらが政策の選択肢や代替案を確保する役割を果たしているともいえます。もっとも、これらの仕組みを日本にそのまま導入できるわけではありません。
事務局説明資料。政策の選択肢や代替案を確保する仕組みとして米国の大統領制を示す図
(出典:事務局資料)


事務局説明資料。英国の議院内閣制の状況として、野党第一党が影の内閣として、政権交代に備える仕組みを説明する図
(出典:事務局資料)


それでは、どのようにして政策の多元性を確保するべきなのでしょうか。ひとつの可能性として、憲法上の自律性(独立)を与えられた部門(司法部門、中央銀行、地方政府など)にその役割を求めるということが考えられます。しかし、待鳥教授は、これらの部門に過度な期待を寄せることは、代議制民主主義における委任と責任の連鎖関係を不明確にする恐れがあり、これまで進んできた改革の方向性とは異なることに留意すべきであると述べます。待鳥教授によれば、別の可能性、すなわち、公共部門(広義の政府)の外部にある社会(メディア、シンクタンク、公共利益集団、大学など)にこそ多元性が確保されることが重要ではないかというのです。

このような待鳥教授の指摘に対し、松井教授は、自身が行政官として立ち上げに携わった経済産業研究所(RIETI)や民主党の政策シンクタンク「プラトン」などに触れながら、「社会の中の多様かつ優秀な人材を確保し,そうした人材と政治家との人的なネットワークが構築され、政権交代の機会などにそれらの政権外部人材が政権内に登用されるような仕組みが定着することが重要であり,今後の課題である。」と総括されました。

続いて会場から寄せられた質問に各登壇者が答えました。

質問: 首相が強いリーダーシップを発揮し,政策を実現しているという状況の中で、首相が交代した場合に、後任の首相が安定的に政権運営を進めるための制度的な仕組みや手当てとして,どういったことが考えられるか。

待鳥教授: この点は,政党のガバナンスに関する問題。そもそも,日本では,政党が私的団体として運営されており、政党のガバナンスの透明性が非常に低い。政党は,政党交付金の助成を受けるなど,公的な存在として位置づけられていることからすれば,政党のガバナンスのあり方に対しても,一定程度共通化されたルールを作っていく必要があるのではないか。
松井教授: 例えば,省庁や議会などに中・長期的に理論面から政策を研究する組織を作り,そこにいる人たちを社会全体で登用していくような仕組みをつくるとともに,首相が交代(政権交代による場合を含む)した際に,このような人材をどのように転用していくのかといったインフラ面の整備を,公務員制度のあり方を議論する中で考えていく必要があるのではないか。

質問: 憲法改正は行われていないものの,選挙制度改革などを通じて,実質的な憲法改正が行われたという趣旨の話があったが,現行憲法の規律性などについて,どのようにお考えか。

待鳥教授: このような議論を行うに当たっては,憲法の規定や文言それ自体に固執すべきではなく,憲法にあらゆることを規定することは困難であること,現に,憲法に規定がなくても,法律レベルで実質的には憲法的な役割を果たしている規定が多くあることをきちんと念頭に置くことが重要である。

■おわりに
今回の対談では,1990年代の「平成の統治機構改革」によって,内閣が予算編成や重要政策を主導するというスタイルが根付いたことや今後,政策の多元性を確保するためには、既存の政府部門内(典型的には霞ヶ関の各省庁)に加え、社会全体の中で、公共部門へ貢献しうる人材を育て、活用していくということが想定されることなどが共有されました。

(N.Y,Y.I)