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著作権法改正 –「柔軟な権利制限規定」導入の経緯 –

2018年5月28日、第196回通常国会で著作権法改正法が成立しました。今回の改正の目玉は、「柔軟な権利制限規定」が導入されたことです。長年の議論の集大成といえるこの改正にかかわった企業として、その経緯や過去の議論についてご紹介したいと思います。

1. 日本の著作権法の課題 - 限定列挙型の限界 -
1990年代後半以降、デジタル化・ネットワーク化が進展して、インターネットの普及が進む中、IT業界には、「著作権法の権利制限規定は限定列挙となっているため、柔軟性に欠け、ビジネスの発展の制約になりかねない」との課題意識がありました。
日本の著作権法には米国のフェアユース規定(米国著作権法107条)のような、柔軟かつ包括的な権利制限規定がないため、新しいサービスが生まれてそのサービスに対し権利を及ぼすことが公益的観点等から適切でないと考えられたとしても、個別の権利制限規定を一つ一つ立法しなければ明確に適法とはならないのです。
たとえば、1990年代に新たに生まれた、インターネット検索サービスを例にとってみましょう。
Yahoo! JAPANやGoogleなどのインターネット検索サービスを提供するためには、インターネット上の大量の情報をあらかじめ複製してサーバーに格納したり、検索結果として、2~3行の文章(スニペット)や小さな画像(サムネイル)をページ上に掲載するなど、権利者に許諾なく著作物を利用します。米国では、フェアユースであると考えられていますが、日本では、そのような規定がないため、個別に立法せざるを得ませんでした(検索サービスに関する47条の6は2009年の立法により導入)。
新たなサービスが生まれて権利制限の必要が生じる度に、新しい権利制限規定を何年もかけて立法しなければならないのか?立法の議論をしている間に、ビジネスチャンスを逃してしまうのではないか?イノベーションは阻害されないのか?「時代により変化する社会的必要性に応じて迅速かつ柔軟に対応できる権利制限規定の導入」は大きな課題であり、弊社を含めた産業界はその必要性を主張しています(1)。

2. 2012年著作権法改正 - 「権利制限の一般規定」? -
「権利制限の一般規定」の導入は、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会において議論されました(2009年〜)。
一般規定のように包括的な考慮要素を定める方式は、柔軟性を増す反面、予測可能性が低減します。そのため、権利者からは、「違法行為が増加することが懸念され、 訴訟コストの増加も含め権利者の負担が増加するのではないか」、という大きな反対がありました。また、米国と異なり日本は判例法主義を採用していないので「判例の蓄積がないまま、権利制限の一般規定を導入すれば混乱が生ずるのではないか」という指摘もありました。
その結果、同小委員会においては、「具体的にどのような利用行為を権利制限の対象にするのかにつき、ある程度想定した上で、権利制限の一般規定の在り方を考える」こととなり、A 著作物の付随的な利用, B 適法利用の過程における著作物の利用, C 著作物の表現を享受しない利用の3つの利用類型を想定した権利制限の一般規定を導入することで議論がまとまりました。

しかし、残念ながら、ふたを開けてみれば、2012年の著作権法改正は、いわゆる「写り込み」など、複数の個別規定の導入にとどまり、迅速かつ柔軟に対応できる権利制限規定の導入には至りませんでした。内閣法制局での条文審査の段階で、審議会の結論と比べて、小さな法改正となってしまったと言われています。

3.「柔軟な権利制限規定」導入へ
<IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)などの技術の発展>
文化審議会著作権分科会のとりまとめにかかわらず、柔軟性を欠く個別規定の導入にとどまったことは、弊社を含めた産業界だけでなく、立法のために奔走してくださった方々の意気を消沈させるものでした。
一方で、IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)など、技術の発展はさらに顕著となり、特にデータの利活用を促進する必要があることは明白でした。
データの利活用と著作権は表裏一体の関係にあります。
権利を制限する規定のない限り、著作物の単なるデータとしてのコピーも著作権(複製権)により禁止されます。しかし、大量のデータを利活用する際に、著作権者からデータの一つ一つについて許諾を得ることは不可能です。
このままでは、データを利活用する新たな技術・サービスが生じるたびに、新たな権利制限規定の導入のための立法が必要となるが、それでよいのか。「迅速かつ柔軟に対応できる権利制限規定」の必要性について、再度議論を行うべきだと考えました。

<知的財産戦略本部「次世代知財システム検討委員会」での議論>
この委員会では、「IoT、BD(ビッグデータ)、AI(人工知能)などデジタル・ネットワークの発達を最大限に活用することで、新たなイノベーションを促進するとともに、社会を豊かにする新しい文化の発展に結び付けていくための次世代の知財システムのあり方」が議論されました。
その結果、「デジタル・ネットワーク時代の新規ビジネスにおいて共通的に想定される『大量の情報集積及び活用』などを念頭に置きつつ、いくつかの要件を抽象化することで、一定の柔軟性を持たせた権利制限規定を設けることについて具体的に検討することが必要」との結論を得ました。

<文化庁・ニーズの募集>
文化庁も動き始めます。
文化庁は、「デジタル・ネットワークの発達に伴う新たなニーズ(現在のもの及び将来想定されるものを含む。)及び課題を把握し、その解決に向けて、柔軟性の高い権利制限規定や円滑なライセンシング体制などの在り方を検討してい」くため、「著作物等の利用円滑化のためのニーズ」を募集したのです。

250以上の提案があった中で、最優先課題の「A-1-1」と分類された2つは、いずれも弊社提案でした。「A-1-1」と分類されたのは、「所在検索サービス」(2)と「情報のバックエンドでの複製」で、「分析サービス」が「A-2」に分類されました。あわせて、変化と多様性に対応するため、柔軟な規定、包括的な受け皿規定が必要だと主張しました。

「所在検索サービス」、「情報のバックエンドでの活用」、「分析サービス」は、米国にてフェアユースと判断されたあるいは判断されるだろうと考えられるデータ利活用関連サービスを念頭におき、それらを抽象化したものです。これらを挙げたのは、広く社会的利益に結びつくことが明らかなうえ、著作物の保護と利用のバランスという観点からしても、問題のない内容であると考えたからです。

<立法に向けた検討>
2015年10月より、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会に設置された「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」(ニーズWT)において、立法に向けた集中的な議論が開始しました。

弊社提出課題が最優先課題と位置付けられたことから、ニーズWTにおいて、数度ご説明をさせていただきました(うち1回目は公開、2、3回目は非公開、3回目は権利者団体への説明と質疑)。
権利者団体からは、特に、ネット上にない、書籍などのリアルのデータについても複製を認める点について、権利者の利益が不当に害されるのではないか、との懸念が寄せられました。これに対しては、「情報のバックエンドでの活用」では著作物が文字や音声などで利用者が享受できる態様では提供されないこと、「所在検索サービス」や「分析サービス」では、検索結果等として表示されるのは、ごく軽微な部分にすぎないことより、権利者の利益を不当に害することはない、との説明をさせていただきました。

その後、ニーズWTや小委員会の議論を経て、2017年2月に、当初の提案どおり、柔軟な権利制限規定の導入が必要とのとりまとめがなされました。

<柔軟な権利制限規定の導入>
とりまとめから時間がかかりましたが、ようやく2018年5月28日に、著作権法改正法が成立し、以下のとおり柔軟な権利制限規定が盛り込まれました。

1 権利者の利益を通常害さない行為類型(30条の4、47条の4)
(a)非享受利用(情報のバックエンドでの活用) 
例:情報解析、リバースエンジニアリング、その他
(b) 電子計算機利用付随利用 例:キャッシュ、バックアップ、その他
2 権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型(47条の5)
例:所在検索サービス、分析サービス、その他(政令指定)

米国のフェアユース規定のような一般性の高い規定を導入すべきという見解もあったようです。しかし、これまでの経緯を踏まえると、明確性と柔軟性のバランスをとった規定を設けるのがさしあたり望ましいと考えられます。また、AI等の分野におけるイノベーションの促進の観点からも、大きな前進と言えるのではないでしょうか。

4. おわりに
こうして長年の議論が決着をみたところではありますが、法改正に至っていない、積み残された課題も存在します(3)。また、今後も、技術や社会は非常に早いスピードで発展していきますが、それに伴い、既存のルールは古くなり、新しいルールが必要となります。今回の改正で議論を終わりにするのではなく、将来に向け、著作権法がどうあるべきかを、引き続き丁寧に議論していくことが大切であると考えます。


注:
(1)例えば、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会における、日本知的財産協会デジタルコンテンツ委員会(現著作権委員会)、ヤフー株式会社等による提出意見
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hosei/h21_06/index.html
(2)改正前の47条の6には課題があり、「所在検索」に拡大するための立法的手当の必要性を指摘したものとして、上野達弘「著作権法47条の6」半田正夫=松田政行「著作権法コンメンタール」(勁草書房、2015年)
(3)たとえば、文化庁のニーズ募集に対して弊社が提案した課題のうち、「インターネットでのリアルタイム配信(ウェブキャスティング)には大量のコンテンツ利用を伴うため、レコード製作者の権利等の個々の権利処理が困難となり、サービスの発展が阻害されている」という課題は、A-3に分類されており、今後の検討課題となっている。

(S.I)